千葉大学法政経学部同窓会

千葉大学法政経学部同窓会 現在の会員は約14000名です。

Archive for 10月, 2012

千葉大学校友会総会

校友会総会が開催されました。
当同窓会を代表し吉永会長が出席しています。

なお、この総会に伴って発行された、「千葉大学校友会報」に、当学部S53卒業であり同窓会理事でもあられるの渡邉誠吾様の「人生 七転び八起き」が掲載されました

1.日時:平成24年10月27日(土)14時00分から

2.場所:千葉大学けやき会館大ホール(千葉大学西千葉キャンパス)

3.総会:14時00分~14時50分(50分) 司会:放送研究会

次 第
開  会:司会
会長挨拶:学長
議  事
(1)平成23年度千葉大学校友会事業(活動、収支決算)報告について
(2)平成24年度千葉大学校友会事業(活動、予算)計画(案)について
(3)千葉大学校友会役員について
(4)千葉大学SEEDS基金について
(5)千葉大学校友会SNS「curib」について
(6)その他
4.千葉大学SEEDS基金寄附者への感謝状の贈呈

5.講演会(名誉教授懇談会と合同)15時00分~16時20分(1時間20分)

演題①:「千葉からアジアヘ、アジアからアフリカへ。
一結核疫学調査と医療・対策の進展-」
講 師‥小野崎 郁 史
(世界保健機構STOP結核部メディカルオフィサー(ジュネーブ)

演題②:「「長嶋学の創造」-長嶋VS野村一 学生はどちらを求めるか」
講 師:明 石 要 -(千葉大学副理事(渉外担当)・教育学部教授)

6.在校生によるアトラクション(名誉教授懇談会と合同)16時20分~16時40分
司会:放送研究会
千葉大学合唱団(千葉大学学生サークルによる)

7.懇親会(名誉教授懇談会と合同)16時45分~18時15分(1時間30分)
場所:生協第一食堂

8.会費:5,000円

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人生 七転び八起き

1.ABCと移動図書館  ~多感な学生時代~

埼玉県立熊谷高校を卒業して人文学部法経学科に入学したのが1974年4月。
法経学部同窓会の理事・学年幹事を仰せつかって33年振りに訪れた西千葉は一変していた。
木造平屋だった駅舎は立派になりキャンパス内にも新たな研究棟が立ち並んでいた。
学生時代は、ABCと移動図書館で語られる。今振り返るとリベラルアーツを磨く時間が山ほどあった。
Aは、Arbeit(アルバイト)。Bは、Benkyo(勉強)、Cは、Club(クラブ活動)。
そして、移動図書館とは自宅から2時間20分の通学時間中に利用した約100分の電車内のことである。
アルバイトは、未成年は勉学に専念せよ、という親の方針もあり1・2年次は休日のみ。
最初のバイトは、自宅近くのゴルフ打ちっ放し場の球拾いで時給250円。
8時間勤務の2000円支給でショートケーキを買って帰った記憶がある。
3・4年次は、家庭教師中心だったが、2軒掛け持ち週5日をこなした。
バイト代は、クラブの合宿費や運転免許証の取得、生活費で消えた。
勉強に力を注いだ、というのはちょっとおこがましいが、
語学が好きで独語を第二外国語にして他に仏語、露語を聴講した。
ラテン語は文字を見て辞退した。
しかし、独語以外は辞書を購入しなかったので全くものにならなかった。
ゼミは、尾吹ゼミ。教養課程の試験で「可なら不可」と書いたら本当にそうなった。2年次はそうもいかずリベンジを期したがやはり可をいただいた教授である。
主に米国判例の研究で言論の自由に関する論客であった
「ホームズ判事、ブランダイス判事」の名前は今でも記憶に蘇る。半田ゼミの民法「4大公害訴訟」の判例研究も印象に残っている。
クラブ活動は、硬式庭球部に所属した。
中学・高校とブラスバンド部でトランペットを吹いていた人間なのでレベルは上がらなかったが、
諸先輩の温かい指導や合宿等の思い出は尽きない。4年次に追い出しコンパの恒例で投げられた食堂前の池では、
水の冷たかったことと涙が熱かったことを覚えている。
学生時代は、往復毎日約200分電車に乗っていた計算になる。
図書館で本を読んだ記憶はあまり無く、教科書を読むのも小説を読むのも電車内が図書館代わり。
最後は揺れていないと内容が頭に残らないほど。自宅の机で勉強しても落ちつかなかった。
塾のテスト採点のバイトも車内でやっていたが人目が気になり能率は悪かった。

 

2. 社会の荒波へ~我以外皆我師~
1978年3月に大学を卒業後、電電公社(現在のNTT)に入社した。
当時、オイルショック後のエネルギー政策に興味があったので就職にあたっての第一希望は、東京電力だった。
東京電力本社訪問後のある日、有楽町駅に向かって帰る途中、「入社願書受付中」という看板が目に留まった。
試験日が11月3日と休日のこともありこれもなにかの力試しと願書をもらって帰った。
そこが電電公社だった。午前・午後の試験。その後の作文・面接を受けて運よく晴れて入社の運びとなったが、
人生は何が幸いするか本当にわからない。
第一希望に入社できていたら今は全く別の人生を歩んでいたことになる。
大きな失敗は無かったものの、私個人としては受験勉強と会社訪問はもうごめんこうむりたいと思っている。
電電公社に入社後、北は旭川、札幌。西は神戸、広島とあちこち転勤を経験した。
若いときは、行く先々で人とのそして恵まれた自然との出会いがあり全て血となり肉となって人格・人生の成長を感じることができた。しかし、人生50年を迎えたとき、心に空虚な気持ちがよぎった。
自分を育ててくれた埼玉にまだ何も恩返しが出来ていないのではないか。
おりしも異動希望提出の時期を迎え、私は、地元埼玉に根差した地域貢献活動・青少年の健全育成に力を注いでいること、
自分がサッカー好きであること等を熟考して希望欄に「NTTスポーツコミュニティ」という会社名を記入した。

富良野スキー場にて  筆者(右端)

 

 

 職場の仲間との懇親(旭川時代:筆者 左から4人目)

 

3. 大宮を愛する全ての人に支えられて ~地域のために~
希望が叶い、2007年1月12日にNTTスポーツコミュニティの社長に就任した。
プロサッカークラブ「大宮アルディージャ」の運営会社であり、
NTTグループの子会社でありながら異質の会社である。
かくして通信事業しか知らない人間がスポーツビジネスの世界へと足を踏み出した。
スポンサー様へのご挨拶もさることながら緊張したのは就任6日後に行われた新体制記者会見。
J1リーグ3年目と新参者であるが、社長、監督、新入団選手のお披露目はそれなりの関心事である。
30人位の報道陣を前に決意を表明する。
これが最初のメディア対応だったが、その後、試合前や試合後折りに触れて社長としてのコメントを求められる。
気の利いたコメントが出来れば良いのだが絶対的に語彙が不足していた。
このときほど読書を重ね、歴史的洞察力や社会的教養、
語彙を増やしておけばよかったと思ったことは無い。
地元で働けることに喜びを感じ、NTTを退職して退路を断ち骨を埋めるつもりだった。
爾来、社長在任中の3年10ヶ月は本当に夢のように過ぎた。
海外・国内キャンプ、ホームタウンでのイベントや各種地域活動への参加、
行政対応、スポンサー・サポーターとの交流、リーグ戦始めチーム全試合の観戦、
北京五輪、ワールドカップの観戦、監督の人選、選手獲得交渉等。

現場で見た感動のゴールも全て頭に焼き付いている。
一番の思い出はなんといっても2010年に開催された
FIFA南アフリカワールドカップの観戦である。
Jリーグチェアマン、各クラブの社長とともに参加したが、
世界のスターが集うサッカー界最高峰の大会、日本戦2試合含め5試合観戦したが、
間近で見たスーパースターのプレーは、今思い出すだけでも感動で身体が震える。
しかし、好事魔多し。2010年10月、
不祥事が発覚して謝罪会見を行い、引責辞任することを心に決めた試合前、
いつものように入場口前でサポーターを出迎えた。
迷惑をかけたサポーターからの罵声を覚悟していたが、
皆が駆け寄ってきてくれて「今までありがとう。」「また帰って来いよ。」と握手を求めてくれた。
本当に優しい温もりを感じる手で、感謝の気持ちで涙が止まらなかった。
志半ばでの辞任は、本当に悔いが残った。
スポンサー様等へのおわび行脚の際も恥ずかしながら悔し涙で言葉が出てこなかった。
当時に比べればひびの入った心は大分修復されてきたがなかなか元には戻らない。
しかし、皆様に支えられていたことは辞任後の辛かった空白期間に改めて感じた。
手を差し伸べてくれる大勢の人がいた。
辛い試練を乗り越えて人の痛みが感じられる人間になり改めて人と人との絆の大切さがわかった気がする。
お世話になった皆様には本当に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
現在は、縁あってNTT東日本のグループ会社である㈱アイ・エス・エスで元気に勤務している。
契約書・決算資料等を始めお客様の機密資料を万全のセキュリティでお預かりする会社ですが、
保管スペースはまだまだ沢山あります。皆様のご利用をお待ちしています。

北京五輪でのスナップ

ワールドカップ南アフリカ大会 筆者(中央)

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平成24年度千葉大学法経学部公開講座

「平成24年度千葉大学法経学部公開講座」が開催されました。(2012.10.13と23)

講座題目「震災後の社会ビジョンを考える」

10月13日は、当同窓会の顧問をやっていただいている、
「松田 忠三(千葉大学法経学部名誉教授・グランドフェロー)」
も担当講師として登壇しました。

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